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都市のあわいより

都市のあわい

この街の交差点を渡るたびに、
街の光が平面的に見える瞬間がある。
人も建物も、音も匂いも、
すべてがひとつの面に吸い込まれていく。

立ち止まると、わずかに風が頬を撫でる。
それらは、都市が息をしている気配のようだった。


光の余白

高層ビルの隙間から、
濁った光が角度なく降り注ぐ。
光は滲み、影は揺らぐ。

舗装された地面に落ちても輪郭を保たず、
薄い油膜のようにアスファルトに広がる。

この街では、光の行方に誰も注意を払わない。
それでも、光は確かに存在している。

コンクリートの壁が反射を繰り返すたび、
光は温度を失い、ただ静かに漂う。


音の余白

足元から、地下鉄の振動がゴトンと這い上がる。
その音は地表のざわめきと混ざり合い、
人の足音、無数のエンジン音、
遠くの広告スピーカーの声が、
ひとつの層になって耳に重なる。

音は個々の意味を失い、
ただ存在として漂う。

隣を歩く誰かが、
小さく「今日、降るかな」と呟いた。
その声が、街のざわめきを一瞬だけ切り裂いた。


匂いの余白

換気口から吹き出す熱気。
排気ガスの重い匂い。
それに混ざって、
どこかで焼かれている焼き菓子の甘さ。

​換気口から吹き出す熱気と湿気が、
すべての匂いの輪郭を即座に溶かし、
街全体を曖昧に包み込む。

チッという音がした。
路面で雨がひと粒だけ跳ねたのだ。

私はその音に気づいたが、
周囲の誰も顔を上げなかった。



あわい

巨大なビジョンの光が路面を横切り、
街全体が青く染まる。
次の瞬間には、何事もなかったように灰色へ戻る。

建物の角も、横断歩道の線も、
視界の端で輪郭を失っていく。

どこまでが構造物で、どこからが人なのか。
線引きは意味を失い、
都市そのものが宙吊りになっているようだ。

曇り空の下、光が薄れ、音が沈む。
すべての輪郭が、やさしく滲む。



あわいは形を持たない。
それは、時間も場所も、そして意味さえも、
そっと漂わせるための静かな空間だ。






街のあわいを、
あなたはどこで感じるだろう。




この街の空の下で、
私は今日も、あわいの中に立っている。

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